鹿鳴館について

鹿鳴館について

この建物は、北海道炭鉱汽船株式会社(北炭)が、全盛を究めた時代、北炭鹿の谷倶楽部として大正2年に建設され、昭和58年まで、主に当時の迎賓館のような施設として使用されていました。 1913(大正2)年に建てられた旧北炭鹿ノ谷倶楽部は、敷地面積85,330平方メートル・延床面積約1,500平方メートルの木造平屋、当時の技術の粋を集めた、北海道では珍しい本格的和風建築です。

内部は和室洋室が組み合わされ、その装飾や調度品は贅を尽くしたものでした。 「旧北炭鹿ノ谷倶楽部」は、幹部社員や政治家など、さらに限られた人以外は、姿すら見ることができませんでした。

炭鉱が好景気に沸いていた時期の、ごく限られた上流階級の方々のみが知る「幻の施設」と称され、重要文化財としての価値を認める声も多く、1994年から記念館として一般公開されています。

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◀写真は当館の所有物を展示したものです。

夕張鹿鳴館(北炭鹿の谷倶楽部)

□□□□■□□□□■□□□□■ □□□□■□□□□■□□□□■ 1913年(大正2年)、北海道炭礦汽船株式会社が役員交歓や来賓接待等を目的に「北炭鹿の谷倶楽部」として建設された施設。

栄華を極めた会社が所有していたことを伺わせる豪華な作りが特徴で、敷地面積は85,330平方メートル(札幌ドームの1.5個分)、延床面積約1,400平方メートルの木造平屋建てで、内部は和室と洋室が組み合わされた和洋折衷な造りで当時の建築技術の粋を集めた、贅を尽くした本格的和風建築物です。
建物の配置は広い芝生に面して雁行形に並び、京都の二条城二の丸御殿や桂離宮に見られる大規模な和風住宅の形式に習って建てられています。
正面玄関の南につながる十五畳間は、座敷飾りを備えて蟻壁を廻らし、欄間には鳳凰をあしらった透かし彫りが施され、最も格式の高い近代和風建築として重要視されています。
当時の様子をそのままに残した装飾や調度品、庭園の木々や草花が織りなす四季折々の風景を眺めながら、ゆったりとしたひとときをお楽しみ下さい。

大庭園

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春にはエゾヤマザクラが満開に咲き誇り、初夏には、庭園に香りが広がるバラの花が訪れる人たちを優雅な気分にさせてくれます。
そして秋には、赤や黄色に色づいた紅葉が現れ、四季折々の景観を楽しませてくれます。
「夕張鹿鳴館」の大庭園は、札幌近郊のフラワースポットにもなっています。

近代化産業遺産に認定

幕末から戦前にかけての建造物や画期的な製造品など産業近代化に貢献した産業遺産としての価値を持っているとして、2007年11月30日経済産業省が認定している「近代化産業遺産」に認定。

北海道遺産に認定

北海道の豊かな自然や人々の歴史、文化、産業など様々な有形無形の価値の中から”次世代に引き継ぎたい北海道ならではの宝物”として、2001年10月22日北海道遺産推進協議会より「空知の炭鉱関連施設と生活文化」として「北海道遺産」に認定。

昭和天皇もご宿泊

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昭和29年には昭和天皇・皇后両陛下が国体に臨席された際にご宿泊され、また昭和33年には皇太子殿下(今の天皇陛下)が夕張炭鉱を視察の際にもご宿泊されました。

ドラマにも登場

□□□□■□□□□■□□□□■ 1999(平成11)年には、NHK連続テレビ小説「すずらん」に三九炭坑社長宅として登場しました。

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